風に恋う [本]
西関東吹奏楽コンクール。茶園基の中学校の吹奏楽部はそこから全日本吹奏楽コンクールに進めずに終わった。もう燃え尽きたと感じていた基は,中学校で吹奏楽をやめるつもりでいた。
二歳上の幼馴染,鳴神玲於奈には,千間学院高校に来るなら吹奏楽部に入りなよと言われていたけれども,それでも決意は堅かった。
だが,入学式の日,千間学院高校のチャペルで憧れていた人に会ったとき。
かつて千間学園高校が全日本吹奏楽コンクールに出たときの部長。不破瑛太郎。
「君達を全日本吹奏楽コンクールに出場させるために千学に戻ってきた」
かつての強豪校。吹奏楽部のコーチとして戻ってきた伝説のOB。
全国を目指す派と,楽しく仲良く演奏ができればいいと考える派の部内での温度差。
コンクールに出場できる55人を選抜するためのオーディション。
希望の大学に進学するために,勉強もしなければならない,塾の講習や模擬試験などにも行かなければならない。
学業と,全国レベルを目標にする練習との両立の難しさ。
吹奏楽あるある。
謂わば,吹奏楽の王道ストーリー。
それなのに,出てくる登場人物の心情が,痛いほど描かれている。
主人公の茶園基に関しては,誰よりもアルトサックスが上手くて,どのように表現するか,演奏でどのような世界を描くのか,理想の音楽とは何かをストイックに追求する子。
自分の演奏を高めることに注力するあまり,周りが見えない。
そんな未熟な部分も含めたまらなく可愛い。
心筋梗塞で倒れ,復職はしたけれども以前のように指導できない三好先生に代わり,吹奏楽部の外部指導者となった不破瑛太郎。
高校生の前では自信を持って指導に当たるけれども,陰でこれで良いのかと悩む姿。
また,大学四年のときに教員採用試験に落ちてから,中途半端な立場でずるずる二年間を過ごしてしまったことへの後悔。
ブラック部活と言われてしまうことへの怒りや,それでも部活に力を入れることは生徒のためになっているのかと迷い,自問自答する思い。
他の登場人物も,それぞれ心にどこか悩みを持ちながらも,音楽とはなにかを追求している。
そのあたりの描写がなんとも心に刺さる。でも,悪くない。
千間学院がコンクールで演奏する自由曲が《狂詩曲『風を見つめるもの』》。
小説内,物語が動くときに風が吹きます。
あるときは強く。あるときは華やかに。あるときは優しく。
【追記】
「よぴひでさん」に,ちょっとおまけを書いています。
『風に恋う』を読んだ感想で,なんだか脱線したもの。
タスキメシ 箱根 [本]
「タスキメシ」の続編小説。
眞家早馬は,一度病院の管理栄養士として就職したものの,スポーツ栄養学をしっかり学んで陸上に関わり続けたいと考え,紫峰大学大学院に進学した。
すると,駅伝部監督から,アシスタントコーチ兼栄養管理を頼まれる。
一方,陸上部は,箱根駅伝の予選会には出場するけれど,本戦出場は一度もできていない。
部員たちは,卒業後実業団に進むものもほとんどいず,一般企業に就職する者が多い。
その紫峰大学にやってきた大学院生兼アシスタントコーチ兼栄養指導。
チームのキャプテンの仙波千早は,早馬に対し,どこか苦手だと感じていた。
「箱根駅伝」を通じ,走ることとはなにか。箱根とは何か。なぜ箱根を目指すのか,青春陸上小説。
高校生,大学生時代,怪我に悩まされ,大学駅伝を一つも走ることなく終わった眞家早馬。自分ではできなかった夢を押し付けられているのではと感じる仙波千早。
単純に速くなりたい,強くなりたいだけでは済まされない,陸上の難しさを二人の主人公を通じて感じた。
特に食べること,栄養について考えることは,怪我に苦しみ続けた眞家早馬の視点や考え方だからこそ,感じ入るものがあった。
箱根駅伝のレースシーン,素晴らしい。私の語彙力ではどうにも伝えきれないので,とにかく読んで。
「タスキメシ」でお馴染みだった弟の眞家春馬,日農大のチームメイト藤宮藤一郎,神野向高校のときのチームメイト助川亮介とそれぞれ懐かしいメンツがちらっと出現。
あと,本編にはそんな関係ないんですけれど,ちょこっとだけ「競歩王」慶安大の八千代先輩ネタがあります。ニヤリとするポイント。
とにかく,怪我で苦しみながらも,走りを追い求める早馬が,「風が強く吹いている」のハイジさんと重なるんだよね。
競歩王 [本]
「天才高校生作家」としてもてはやされ,小説家デビューを果たした主人公,榛名忍。
二作目,三作目……と次第に売上が減り,小説家としてスランプに陥る。
そんななか,慶安大学図書館ラウンジの大型のモニターに映っていたのは,リオ五輪。競歩の中継。
それを見つめ,人目も憚らず号泣している男がいた。
慶安大学の陸上部の八千代篤彦であった。
片や文学部の運動とは無縁な青年。片やスポーツ科学部で陸上部に所属する体育会系。
縁がないように思われる二人。だが,それぞれ挫折した経験を持ち,自分の弱さを写し鏡のように相手に見出していたのだ。
榛名忍は,小説家として在りたい姿からは程遠いと感じていた。書く小説が売れずもやもやしている。同時期にデビューし,売れ行きも良くて直木賞候補までとなった作家を羨んでいる。
八千代は,陸上長距離で,箱根駅伝に出たくて慶安大に進学したけれど周囲の選手のレベルを知り,競歩に転向した。だが,なかなか競歩でも結果をあげられない。
それぞれの心に住む嫉妬心,鬱屈した思いが本当に感じられた。
なりたかった自分になれない。
二人の理想との差に思い,悩む姿が痛いほど感じられる。
オイラがここまで書いてくると,なんだか辛いことばかりの小説に見えてくる。
けれども,それだけではないし,爽やかな筆致で書かれているので読んでいただきたい。
決して王道の青春小説ではないと思うのだが,高校生ではない,100%青春だけともいえない年齢である大学生という年齢を絶妙に書かれているんではないかなと思っている。