愛なき世界 [本]
洋食屋「円服亭」は,国立T大学の赤門の向かい辺り,本郷通りから細い道にちょっと入ったところにある。
藤丸陽太は,この円服亭の2階に住み込んでいる。店主の円谷正一の料理人としての技を少しでも取り入れようと見て,盗もうと日々努力している。
この円服亭で,夕食時に配達をすることになり,藤丸が自転車で配達を任されるようになる。
すると今まで常連でもあったT大大学院の理学研究科の松田賢三郎教授とその研究室の大学院生からの注文が入るようになる。
宅配サービスをきっかけに,藤丸は松田研究室に出切りするようになり,研究室の人々とも打ち解けるようになった。
そして,研究室の大学院生,本村紗英の研究をしているシロイヌナズナを見せてもらったりしているうちに,思わず告白をしてしまうのだが……。
生物科学,植物学に打ち込む研究室の人々,特に大学院生たちの研究に打ち込む毎日を垣間見た気がします。
シロイヌナズナがモデル植物としてゲノムが全て解明されていること,遺伝子の変異から,葉の大きさ,本葉が出るまでの時間,など表出する特徴の違いを追求していることなど,非常に細かい研究をしているんだなあと感じました。
大学院レベルだと,その形質を突き止めるために千二百粒の種子をロックウールという培地に蒔き,それを発芽,生育させて特徴を調べる……という気の遠くなるほどの研究をしているんだなあと感じました。
植物に脳もない,神経もない,だから感情も愛もないという感覚も,自分には新しいものでした。
自分が学生のとき,まあ学部レベルでしたが地質学で,火山灰の中の火山ガラスの形質や屈折率を調べ,他の露頭の層と同定するという,始めっから生物ではないものが研究対象でした。
植物だって長い時間の間には根や葉が伸び,花がさいで実もできる……という,生物としての変化があって,生きているんだなあと思っていたのです。
ですが,そうか,生物だけど植物には愛はないのか……。
本編には全く関係がありませんが,その感覚が自分にはとっても新鮮でした。
研究を突き詰める,ここでは植物学ですが,学問にのめり込むという人生もまたすごいことなのだと思います。学問を突き詰めるだけの頭脳と集中力と根気がなかった自分にはすごく眩しい世界です。
エッペンチューブ,懐かしいな。オイラは殆ど使わなかったけれど。
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